印章に想う
印章の持つ魅力には抗し切れないものがある。当り前であろう。それは歴史を遡る事、中国の周以来の文化の伝統を持っているからだ。文字の国である中国には素晴らしい印譜が残っている。喉から手が出るほどに欲しいと思うがそれは出来ない。
篆刻を学んで、あのまねでも出来たらと思うくらいが関の山だ。ひるがえって、我が国のものを考える。古いのは「漢委奴国王」の金印だ。奴という字は、余り好きではないが、しかし、やはり光武帝が作らせただけに王者の貫録を持っている。
「続日本記」の慶雲元年四月の頃に、鍛冶に命令して諸国の国印を鋳造させたという記事が見える。讃岐国印などもその頃に出来たものであろう。尤も今に伝えられているものがその時出来たのかどうかは知らぬ。
また別の史書には、大宝二年(701)というからそれよりも三年前のことだが、諸国の国司等に初めて「印鑑」を賜ったことが記されている。
しかし、「続日本記」の方が信憑性が高いと思うのは、私が歴史家であるからだろうか。
室町時代から戦国時代にかけて、随分と中国の文物が渡ってきた。足利義政などは、そうした文物の大へんな蒐集家でもあった。そうした文物の真偽を鑑定するには何と言ってもそkに押された印章が大きな役割を果たすものである。
印章に対する関心が深くなるのも当然であろう。織田信長の「天下布武」・徳川家康の「福徳」と「忠怒」・武田信玄の「竜」・北条氏政の「虎」・上杉謙信の「獅子」などは、そうした影響の下に出てきた印章である。
信長と家康のものは文字、信玄・氏政・謙信は絵模様である。そして信玄の「竜」は彼が版図の増す毎にその竜が頭をもたげて行った。
豊臣秀吉には、その個人の印章がない。
信長の「天下布武」には、気がひけてついてゆけない。
家康の「福徳」には、そこまで俗になりたくない。
歴史家 奈良本辰也