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印章は人柄を表す

良印は良運を呼び、悪印は悪運を呼ぶ。これは自然の理であって、印を尊び丁重に取り扱う人には成功者が多いのです。印は安物で良い、ただ印で通れば良いと考える人には成功者は少なく、これまた天地の理であります。

しかし、悪人でも運強ければ一時的に栄える事もあるように、悪印でも好調のときもありますが、天定まって人を制すとか、その後に来る運命から逃れることは到底できないのであります。

この自己の運命の表現である印章を、世の中には数多く作る印章マニアもおられます。これは印章の本義に反するものであり賛成できません。

印相印・迷信印の氾濫

日本で印相が出現したのは享保年間、半切帰納の花押を五行に合わせた「印判秘訣」と「韻鏡半切名判集成」の文献からです。易と韻鏡によるもので理論の程度は低く、今の印章とは別世界のものであります。

現在大流行した印相は、ここでは特に名前を記しませんが印相家の某氏によるものです。某氏が受験の勉強中に父の友人が訪れて某氏の預金通帳の印影を見て、「この判にて高等学校は分に過ぎたり受験の余地なし」と断言して、その理由を述べて帰ったといいます。

学窓を出た後、某氏は言われた事を思い出し、昭和11年に印章と運命の事に関する著書を発行した事に始まります。

多くの財界人は某氏の門を叩いたといいます。

しかし、読めない文字で作字して神秘化したもので、今では印鑑証明も不適格なものになっています。

印章は心の鏡

趣味に篆刻を能くする老僧がいました。博学の人格者で、印章は鏡なりとして「心の曇りは印章に現れ、また印章は心の曇りを正す」といいます。

名工入神の作を正道を歩む人が印を敬い謹み押捺するときこそ、印章の徳は無限であり、印章に姓・名を刻むのは、名は自己を現し姓は先祖を現します。

これをもって護身の宝器、身を修める目標とすれば、印章の尊崇は諸々の徳を生むものであります。

紳士は紳士らしく、淑女は淑女らしく捺印し、印章が信を示す宝器であることを自覚して、尊崇し自信を持ち捺印できるようになれば、その人は成功運を掴み得る幸福な人であります。

正しき印章には必ず正しき信念が生じ、運命は開拓されるものである事を断言します。

朱肉と財運

朱肉の入った肉池を見れば、印に対するその人の心掛けもわかり、捺印ぶりも察せられます。

朱肉が固くなり真中が低くなっている場合は財運には縁遠いです。

肉池の中の朱肉は常に中高になるように心掛けて、盛り上がった朱肉を印面で軽く叩くように、数回繰り返し捺印します。