印章との出会い
貴方はどのような印章を持っていますか? 三文判か、迷信の印相判か、人に褒められたこともある印章でしょうか。
初めて自己の印を持ったときが印章との結縁であり、この良否・美醜が運命の岐れ道であります。
人々とのふれ合いも運命との支配であり、印章との絡みは一生その吉凶の現れであります。
人は年齢・地位にとって、今の印が自分に相応しくないと思うようになったとき、ここに運命の転機が生ずるのです。
これは見栄でなく、その人の立場がそう感じさせたのです。したがって一生うだつの上がらぬ人にはこの転機は生じません。
改印しようとするこの絶好のチャンスに、また運命が伴います。迷信印を信じたり、量産の駄作印を安く求めたりしてしまうと、不作の印を持ってしまいます。
名工の印が現在入手出来ないのは名工が少ないからであります。また、名工に出会っても、械作りや駄印の作とは違い価格も高いのでつい逡巡してしまい、手元の都合でまあ恰好だけよいものに走ってしまう事もあります。
人生の開運は良印を掴む事に始まります。
卒業記念の印
学校の卒業生に、社会にでる餞として印章を贈るのは大変有意義です。
しかし、これに三文判または三文判に近い駄作印を用いるのは、意図はよくても、晴れの門出の若者に贈るには適しません。
これは、人生という高い山を登るのに粗末な草鞋を贈るようなものです。人生は道遠く険しいものでありますから、立派な登山靴を別に買い求める認識が望ましいのです。